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二代目若乃花とは?本名・横綱昇進・間垣親方としての歩みと2022年の死去を徹底解説

神南 理央 神南 理央 • 更新: • 公開: • 読了約 15 分
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二代目若乃花こと第56代横綱・若乃花幹士(わかのはな・かんじ)は、端正な顔立ちと切れ味鋭い上手投げで人気を集めた昭和の名横綱です。本名は下山勝則。青森県出身で、初代若乃花が率いた二子山部屋に入門し、若三杉の四股名で大関まで昇進した後、1978年に横綱の地位へ上り詰めました。

幕内優勝は4回、通算成績は656勝323敗85休。1983年に現役を引退した後は間垣親方として間垣部屋を率い、後進の育成に携わりました。2007年の脳内出血、2013年の相撲協会退職を経て、2022年7月16日に肺がんのため69歳で逝去しています。2026年現在の視点から、現役時代の実績、改名の背景、北の湖や輪島との関係、引退後の歩みまで整理します。

【二代目若乃花とは?本名・第56代横綱のプロフィール】

二代目若乃花

二代目若乃花は、1953年4月3日生まれ、青森県南津軽郡大鰐町出身の元大相撲力士です。現役時代の正式な四股名は若乃花幹士。日本相撲協会の歴代横綱プロフィールでは、第56代横綱として記録されています。

本名は下山勝則。所属したのは、元第45代横綱・初代若乃花が師匠を務めた二子山部屋です。得意技は左四つからの上手投げで、柔軟な体と足腰を生かした相撲を持ち味としていました。

日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている主なデータは、次のとおりです。

  • 本名:下山勝則
  • 生年月日:1953年4月3日
  • 出身地:青森県南津軽郡大鰐町
  • 所属部屋:二子山部屋
  • 最高位:第56代横綱
  • 横綱在位:1978年7月〜1983年1月
  • 幕内優勝:4回
  • 得意技:左四つ・上手投げ
  • 生涯戦歴:656勝323敗85休、88場所
  • 逝去:2022年7月16日、69歳

二代目若乃花の魅力は、単に横綱まで昇進したことだけではありません。現役時代は、柔らかい体を使った技の切れ味と、土俵上での華やかな存在感を兼ね備えていました。後年の追悼報道でも、甘いマスクと鋭い上手投げが人気の理由として挙げられています。

また、同じ二子山部屋には大関・貴ノ花や、後に第59代横綱となる隆の里らがいました。厳しい稽古で知られた部屋の中で力を伸ばし、昭和の大相撲を彩る横綱の一人となったのです。

【若三杉から若乃花へ改名した理由と1978年の横綱昇進】

二代目若乃花の経歴を理解するうえで欠かせないのが、若三杉から若乃花への改名です。大関時代までの四股名は若三杉。横綱昇進を機に師匠の四股名を受け継ぎ、二代目若乃花幹士となりました。

日本相撲協会の国技館相撲博物館による化粧まわしの収蔵品解説でも、大関までは若三杉を名乗り、横綱昇進時に師匠の四股名を継いだことが紹介されています。改名は、単なる名前の変更ではなく、師匠から受け継いだ名跡と伝統を背負う節目でした。

横綱昇進を決定づけた1978年夏場所

若三杉は1977年初場所後に大関へ昇進し、同年夏場所では13勝2敗で幕内初優勝を飾りました。大関として実力を示し、横綱候補としての評価を高めていきます。

大きな転機となったのは1978年夏場所です。当時、全盛期を迎えていた横綱・北の湖と優勝を争い、14日目には全勝だった北の湖を上手投げで破りました。優勝決定戦では北の湖に敗れたものの、2場所連続で優勝同点に相当する成績を残したことが高く評価され、場所後に横綱昇進が決まりました。

そして、同年7月の名古屋場所から第56代横綱・若乃花として土俵に立ちます。日本相撲協会の記録でも、新横綱は1978年7月場所とされています。

この昇進には、成績だけでなく、強敵との直接対決で示した実力も大きく関係していました。北の湖を相手に真正面から勝負し、横綱にふさわしい力を見せたことが、若三杉から若乃花への改名につながったのです。

なお、横綱昇進後も順風満帆だったわけではありません。けがや病気に苦しみ、29歳で現役を退くことになります。短い横綱時代の中で残した優勝4回という実績は、全盛期の強さと、健康面の問題に悩まされた競技人生の両方を映しています。

【二子山部屋から横綱へ!経歴と通算成績を年表で整理】

二代目若乃花の歩みは、1968年の初土俵から1983年の引退まで、約14年半にわたります。日本相撲協会の公式プロフィールと大相撲の記録資料をもとに、主な節目をまとめました。

時期 出来事 主な実績・補足
1953年4月 青森県で誕生 本名は下山勝則
1968年7月 初土俵 二子山部屋に所属
1971年3月 朝ノ花に改名 下山から四股名を変更
1973年1月 若三杉に改名 その後、同年7月に新十両、11月に新入幕
1977年3月 大関昇進 同年5月に幕内初優勝
1978年7月 第56代横綱に昇進 若三杉から若乃花幹士へ改名
1983年1月 現役引退 横綱在位は28場所
1983年12月 間垣部屋を創設 年寄・間垣として後進を指導
2007年3月 脳内出血で倒れる その後、健康上の問題が続く
2013年3月・12月 部屋閉鎖・相撲協会退職 所属力士は伊勢ヶ濱部屋へ移籍
2022年7月16日 逝去 肺がんのため69歳で死去

幕内優勝4回と通算656勝の意味

二代目若乃花の通算成績は、656勝323敗85休、88場所です。幕内に限ると512勝234敗70休、幕内在位は55場所でした。幕内優勝は4回で、殊勲賞2回、技能賞4回、金星3個という記録も残しています。

注目したいのは、優勝回数だけでなく、技術面の評価です。技能賞を4回受賞した記録は、勝ち星や番付だけでは捉えきれない相撲の巧みさを示しています。柔らかい体と懐の深さを生かした取り口は、正面から押し切るだけではない相撲の魅力を伝えました。

横綱在位は1978年7月から1983年1月までの28場所。横綱としての戦歴は260勝86敗65休です。優勝4回のうち3回は横綱在位中に挙げており、最高位に上がった後も優勝争いに加わる力を持っていました。

一方、休場数が多い点も見逃せません。現役後半はけがや病気の影響を受け、実力を発揮し続けることが難しくなりました。成績を評価する際には、優勝回数だけでなく、横綱としての在位期間や休場を含めた競技生活全体を見る必要があります。

【北の湖・輪島との対戦と「甘いマスク」だけではない人気】

二代目若乃花が活躍した時代は、北の湖や輪島といった実力者が土俵を盛り上げていた時期です。若乃花は、こうした横綱たちと競い合いながら、独自の存在感を築きました。

特に象徴的なのが、1978年夏場所の北の湖との一番です。14日目に全勝の北の湖を上手投げで破った取組は、若三杉の実力を示す場面として、ベースボール・マガジン社の相撲関連記事でも取り上げられています。優勝決定戦では敗れたものの、横綱昇進へつながる重要な一番でした。

輪島との対戦も、当時の大相撲を語るうえで欠かせません。北の湖と輪島がしのぎを削る時代に、若乃花も優れた技術と柔軟な体を武器に戦いました。単純に勝敗だけで比較するよりも、各横綱の得意な相撲と、対戦相手との力関係を踏まえて見ると、当時の土俵の面白さが伝わります。

女性ファンを引きつけた端正な容姿と技の切れ味

若乃花の人気を語る際、しばしば取り上げられるのが「甘いマスク」です。当時の報道では、若三杉時代から若い女性ファンを集め、アイドル的な人気を誇ったことが伝えられています。力士がテレビCMなどに出演する機会が広がった時代背景もあり、土俵外でも注目を集める存在でした。

しかし、容姿だけで人気を得たわけではありません。右上手から繰り出す鋭い投げや、柔らかい足腰を生かした相撲には、見ている人を引きつける技術的な魅力がありました。日本相撲協会の公式プロフィールも、得意技として左四つ・上手投げを挙げています。

加えて、幕内優勝4回という実績が、人気を競技者としての評価につなげました。実力が伴っていたからこそ、若三杉時代の注目度は横綱昇進後も記憶されることになったのです。

人物評については、スポニチの追悼記事で、周囲への細やかな気配りをする人柄も紹介されています。華やかな人気と、身近な人への配慮を伝える証言が並ぶことからも、二代目若乃花が土俵上の強さだけで語られる人物ではなかったことがうかがえます。

【引退後の間垣親方と間垣部屋、そして2022年の死去】

二代目若乃花は、1983年1月場所を最後に現役を引退しました。29歳での引退は、横綱としては早い決断でした。けがや病気が重なり、現役を続けることが難しくなったことが背景にあります。

間垣親方として後進を育成

引退後は年寄・間垣を襲名し、1983年12月に二子山部屋から独立して間垣部屋を創設しました。親方として、五城楼や若ノ城、若ノ鵬ら幕内力士を育て、相撲界の指導者としても活動しました。

また、1998年ごろから約10年間、日本相撲協会の理事を務めたことも報道されています。現役横綱から部屋の師匠、協会運営に関わる立場へと役割を変えながら、相撲界に携わり続けました。

その後、2007年3月に脳内出血で倒れ、健康上の問題を抱えることになります。報道によれば、車椅子での生活を余儀なくされ、部屋の運営も困難になりました。

2013年3月には間垣部屋を閉鎖。所属力士は伊勢ヶ濱部屋へ移籍しました。当時、間垣部屋に所属していた若三勝、後の横綱・照ノ富士も、その移籍に伴って伊勢ヶ濱部屋へ移っています。照ノ富士の相撲人生を振り返る際にも、入門時の師匠が二代目若乃花だったという関係は重要な経歴の一つです。

同年12月、日本相撲協会は健康上の理由による間垣親方の退職を発表しました。定年を迎える前の退職であり、現役時代の栄光とは対照的に、晩年は健康問題に大きく左右されることになりました。

2022年7月16日、肺がんのため69歳で逝去

日本相撲協会の発表を伝えた日刊スポーツやスポニチなどの報道によると、二代目若乃花は2022年7月16日午後6時47分、大阪市内の病院で肺がんのため亡くなりました。享年69歳でした。

日刊スポーツの報道では、肺がんが見つかった後、入退院を繰り返していたことも伝えられています。現役時代には北の湖や輪島と渡り合い、横綱として優勝を重ねた力士も、晩年には病気と向き合う生活を送っていました。

二代目若乃花の生涯を振り返ると、若三杉として頭角を現した時期、横綱昇進後の活躍、親方としての後進育成という三つの段階が浮かび上がります。けがや病気によって競技生活は早く終わりましたが、幕内優勝4回と通算656勝という数字は、昭和の大相撲を代表する力士の実績として残っています。

【プロの結論】初代・二代目・若乃花勝の違いと2026年の現在

「若乃花」を調べる際に混乱しやすいのが、初代若乃花、二代目若乃花、そして第66代横綱・若乃花勝の違いです。三人はいずれも横綱として知られていますが、本名も横綱の代数も、幕内優勝回数も異なります。

初代若乃花幹士は第45代横綱で、本名は花田勝治。1928年生まれで、幕内優勝10回を記録しました。引退後は二子山親方として二代目若乃花を育てた人物です。

二代目若乃花幹士は第56代横綱で、本名は下山勝則。1953年生まれで、幕内優勝4回。初代若乃花の弟子として二子山部屋で育ち、横綱昇進時に師匠の四股名を継ぎました。

一方、若乃花勝は第66代横綱で、本名は花田勝。1971年生まれで、幕内優勝5回を記録しました。若花田、若ノ花を経て若乃花を名乗った力士で、二代目若乃花とは別人です。

この三人を区別する最も確実な方法は、名前だけで判断せず、横綱の代数と本名を組み合わせて確認することです。二代目若乃花を調べる場合は、「第56代横綱」「下山勝則」「間垣親方」という三つの情報が手がかりになります。

2026年現在、二代目若乃花はすでに逝去しており、本人が新たな活動を行っているわけではありません。現在の話題として確認できるのは、過去の取組や経歴、間垣親方としての活動、そして昭和の大相撲に残した功績です。

プロの視点から評価するなら、二代目若乃花の魅力は、優勝回数だけでは測れません。北の湖との名勝負に象徴される勝負強さ、技能賞4回に表れた技術、そして引退後に後進を育てた指導者としての歩みを合わせて見ることが大切です。華やかな人気と確かな実力を備えた横綱として、その存在は今も昭和の大相撲を振り返るうえで欠かせません。

【二代目若乃花】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:二代目若乃花の本名は何ですか?
A1:本名は下山勝則です。1953年4月3日に青森県南津軽郡大鰐町で生まれ、二子山部屋に入門しました。1978年に第56代横綱へ昇進し、若三杉から若乃花幹士に改名しました。

Q2:二代目若乃花はなぜ若三杉から改名したのですか?
A2:1978年の横綱昇進を機に、師匠である初代若乃花の四股名を受け継いだためです。横綱昇進と同時に若乃花幹士を名乗り、第56代横綱として土俵に立ちました。

Q3:二代目若乃花は現在どうしていますか?
A3:2022年7月16日に肺がんのため69歳で亡くなっています。1983年の引退後は間垣親方として間垣部屋を運営し、後進の育成に携わりましたが、2013年に日本相撲協会を退職しました。

二代目若乃花こと若乃花幹士は、本名を下山勝則といい、二子山部屋から第56代横綱へ昇進した元大相撲力士です。若三杉時代に大関まで上り詰め、1978年に師匠の四股名を継承。幕内優勝4回、通算656勝323敗85休という実績を残しました。

現役引退後は間垣親方として間垣部屋を率い、後進を指導しましたが、健康上の問題から2013年に相撲協会を退職。2022年7月16日に69歳で逝去しました。

二代目若乃花を理解するうえでは、初代若乃花幹士や第66代横綱・若乃花勝との混同を避けることが第一歩です。そのうえで、横綱昇進を決めた北の湖との一番、得意の上手投げ、親方としての歩みまで視野を広げると、昭和の大相撲を彩った名横綱の姿がより鮮明になります。

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デジタルマーケター 神南 理央
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